こんで来た。
 顎十郎は、うやうやしく受けとって、
「これは、早速の御配慮、まことにかたじけのうございます。……では、これから早速に香聴きにかかりますが、これはいかようにも静思を要する仕事。一刻ほどのあいだ、この界隈で物音をお立てなさらぬよう、静謐《せいひつ》にお願いいたします」
「いかにも承知した。このあたりにひと気をなくしておくから、あいすんだら手を拍つように」
「かしこまりました」
 それで藤波は出て行く。
 後にはひとり、顎十郎。……今度こそ本式に端坐しなおすと、急にひきしまった顔で香炉《こうろ》を引きよせ、埋火《うずみび》の上に銀葉《ぎんよう》をのせ、香づつみをひらいて香を正しく銀葉のまんなかにのせ、香炉を右にとり、左に持ちかえ、右手でその上をおおって型通りに香を聴きはじめた。
 顎十郎の眉のあたりに、なんともいえぬ静かな色が流れる。半眼にして、ひとつ聴きおわると、また次の香づつみをひらく。こんなふうにして次々と五十八種の香木を聴いて行ったが、たずねる匂いはその中にはない。さすがに、苛立ったようなようすになって、髪油のほうに移ったが、三十二三種の髪油、匂油の中にも、やはり求め
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