どうせ、こんなお神楽《かぐら》のような顔でございますから、珍らしくてお眺めになるのでしょうけど、そんなにお見つめになっては嫌でございますわ」
顎十郎は、照れかくしに、いやア、と額に手をやって、
「いやどうも、こりゃア大敵だ。……どうしてなかなか、お神楽どころの段じゃアない。お神楽はお神楽でも、出雲舞《いずもまい》の乙姫様のほう。じつにどうも見事なもンだと思って、それで、さっきからつくづくと拝見していたのさ」
と、れいによってわかったようなわからないようなことを言う。腰元は、ツンと拗《す》ねたようすで、
「あら、あんなことを。……はい、たんとおなぶり遊ばしまし。そんなことばかりおっしゃるのでしたら、あたしはもうあちらへまいります」
と、身体《からだ》をくねらせる。顎十郎は、おっとっと、と手でとめて、
「行かれてしまっては困る。……じつは、……その、お手紙のおもむきでは、なにか、さまざま御用意があるとのことだったが、こんなところにぽつねんとしているのもおかげがねえ。そちらの段取りがよかったら、そろそろここへ運びだしてもらいましょう」
腰元は、しとやかにうなずいて、
「はい、それは心得ておりますが、殿様のお申しつけでは、なんなりと思召《おぼしめ》しをおうかがい申せということでございましたから、それで、只今まで差しひかえておりました」
顎十郎は、ほほう、と驚いて、
「お書状にも、だいたいそのおもむきがあったが、よもや、そこまでとは思っていなかった。では、なんですか、思召しをのべ立てると、なにによらず、ここにずらッとならぶ仕組になっているというんですか。こいつア、驚いた」
有頂天《うちょうてん》
腰元は、あどけなく、
「はい、どのようなお好みの品でも即座に御意にそいますよう、江戸一といわれる橋善《はしぜん》の板場《いたば》があちらに控えておりまして、いかようにも御意をうかがうことになっております」
顎十郎は、下司《げす》っぽく額をたたいて、
「これはどうも福徳《ふくとく》の三年目。望外《ぼうがい》のお饗応《もてなし》で、じつに恐縮。どうせ御主人がお帰りになるのは四ツ刻とうけたまわったから、それまでの座つなぎ、思召しに甘えて、ひとつゆっくり頂戴するといたしましょう、なにとぞよろしく」
「まア、……よろしくなんて、そういうなされかたでは、思召しにそうことは出来ません。どうぞ、もっと……」
「もっと、なんです」
「もっと、どんどん頭ごなしにお言いつけくださいまし。……なにを持って来い、かにを持ってこいと、鷹揚におっしゃっていただきたいのでございます。そんなふうに慇懃《いんぎん》におおせられますと、わたくしどもは馴れませんことでございますから、おどおどして、どうしてよいのやらわからなくなってしまうのでございます」
「へへえ、そいつア逆ですな。丁寧に言うと、おどおどしてしまうというのはわからないねえ。しかし、そういうことでしたら、まア、出来るだけ横柄にやりましょう。つまり、……こんな工合ですかね。……おい、おい、酒を持ってまいれ……いかがです」
「声色《こわいろ》だけはよけいでございますわ」
「大きに、承知。……それはいいが、オイオイではいかにもおかげがねえ。あんたの源氏名は、いったいなんてえんです」
腰元は、ほほほと笑って、
「小波《さざなみ》でございます」
「鴫立《しぎた》つや、沼《ぬま》によせくる小波の、……いい名ですな。では、そろそろやっつけましょう。ええと、小波さん……」
「小波と、お呼びすて願います」
「いやはや、もったいないが、御意《ぎょい》にしたがいましょう。……これ、小波」
「お召しでございますか」
「こりゃアまるで掛合いだ。だいぶ愉快になって来た。じゃ、早速ですが、まず第一に……」
小波は、やさしい仕草《しぐさ》で、ちょっと押しとどめるような手真似をしながら、
「でも、それでは困ります」
「へえ、まだ、なにかいけませんか」
「お殿様のお申しつけでは、存分《ぞんぶん》にお寛《くつろ》がせ申せということでございました、もっとお寛ぎくださいませ。そんなふうに四角にお坐りになっていられたのでは、お寛がせ申したことにはなりません。膝をおくずしなさいませ。豪勢にあぐらでもかいていただきます」
「いや、どうも御念の入ったことで。どっちみち、いずれはくずれる膝ですが、しからば御意にしたがいましょう」
顎十郎は、燃え立つような繻珍の大褥の上に大あぐらをかいて、
「どっこいしょ、こんな工合じゃいかがです」
「結構でございますわ。ついでに、どうぞ、脇息へ肘をおもたせくださいまし」
「はは、こんな工合でよろしいか」
「お立派に見えますわ」
「ひやかしちゃいけねえ」
小波は、嬉しそうに手をうって、
「その調子。……今のよ
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