《うろこ》をつけた、見るもすさまじい大蛇が長々と這って、火のような眼ざしでじっとお小夜のほうを見おろしている。……さすがのわしもアッと魂消《たま》げて、生きた気もなく座敷の中で立ちすくんだまま、『なんぽーゆーちょうちょう、ちゅうゆーけつけつ、ちゅうゆうじゃアじゃアちゅうゆうし』と一心に蛇よけの呪文を唱えていると、まるで、拭きとったとでもいうふうに、パッと蛇体が消えてしまった。……それまでは、よもやという気もあったが、まざまざと見たからには、やはり、覚念坊の言う通り、蛇神の呪いにちがいないと……」
 顎十郎が、人を小馬鹿にしたようにへらへらと笑い出し、
「なるほど、こいつアいいや、ちゃんと、落《さげ》がついている」

   穴中有蛇《けっちゅうゆうじゃ》

 ひょろ松、ムッとした顔で顎十郎のほうへ振りかえり、
「因果話めいて、あなたには、さぞおかしいでしょうが、そう、あけはなしにまぜっかえさないもんですよ。欄間で大きな蛇を見たというだけで、べつに、落などついてやしません」
 顎十郎は、やあ、と首へ手をやり、
「いや、これは恐縮。……ご腹立《ふくりゅう》では恐れいるが、しかし、どうもチト恍
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