洗鉢の水に種があろうなどとは誰も気がつかねえ。……消そうと思えば、手洗鉢の蓋をしめるだけのこと。……出そうと消そうと心のまま。なるほど、これじゃア、変幻奇妙……。八王子へ出かけて行って、作平が、もと玉川一座の種板《コマ》絵描きだったということをさぐり出して来なかったら、とてもこの謎々はとけなかったかも知れません。……それにしても、阿古十郎さん、欄間の光のみなもとは、手洗鉢の水にあたる陽の光だということが、どうしてあのとき、おわかりになりました」
「だって、そうじゃないか、おれが不浄へ行って帰って来るまでのあいだ、おれはたったひとつだけのことしかしていない。……つまり、手洗鉢の蓋を取って手を洗っただけ。……ところが、今までなかった光が欄間へうつる。……すると、欄間に光がうつったのは、おれが手洗鉢の蓋をとったためだと思うほかはない。……まア、理詰めだな、たいして自慢にもなりはしない」
 ひょろ松は、仔細らしくうなずいて、
「なるほど、そういうわけだったのですか。……聞いて見れば、わけのないことだが、あなたが、あたしの耳へ、これは、『写し絵』の仕掛で、欄間へ大蛇をうつすのだぜ、と囁かれたとき
前へ 次へ
全25ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング