橋を渡ると、その取っつきに、土塀をめぐらしたゆったりとしたひと構え。
 門を入ると、玄関に又右衛門が待ちかねていて、柴折戸《しおりど》から庭づたいにそっとふたりを離屋へ案内する。
 桃の古木にかこまれた、八畳つづきの奥の部屋に屏風を引きまわして、お小夜が見るかげもないようすで寝床についている。
 顔の肉がなくなって骨ばかり、唇だけが妙に前へ飛びだしている。人間の相でない、まるで畜類。
 また、狂いまわったばかりのところと見え、長い黒髪をすさまじいばかりに畳の上に散らし、眼尻を釣りあげてジッと三人を睨《ね》めつけていたが、とつぜん、魂消《たまぎ》えるような声で、
「あれえ、また来た。……もうもう、ゆるしてください、ゆるして、ください……助けてくれえ」
 足で夜具を蹴りかえし、畳に両手の指の爪を立てて床の間のほうへ這いずってゆく。見るさえおどろおどろしいばかり。
 ひょろ松と顎十郎、さすがに黯然《あんぜん》となって、無言のまま眼を見あわせていたが、そうばかりはしていられないので、手早く部屋の内部をそこここと調べおわると、縁側の戸袋の薄くらがりの中へしゃがみこみ、細く引きあけた障子の隙間から
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