《ふじ》の攘夷派の襲撃にそなえるために、車びきの重い、土扉《つちど》が閉まり、出入のたびに、いちいち鍵で開閉することになっている。
そういう用心堅固な座敷にスラスラと入りこんで来て、ほんの二三分のあいだに佐原屋を縊《くび》り殺し、土扉を開閉もせずに風のように出て行くなどという物理を超越したことが、人間の力で出来ようとは考えられない。
五人がすわっていた円卓と、佐原屋清五郎が倒れていた場所とのへだたりは、すくなくとも四間はあった。
かりに、円卓についていた五人のうちの誰かが、灯りの消えた束の間にツイと立って行って佐原屋を縊り殺し、また椅子にもどって来られそうにも考えられようが、そういうことが絶対に不可能だったということは、その時、軒さきに吊るした吊龕籠《つりがんとう》の薄あかりが右手の丸窓からぼんやりと円卓の上へさしかけていて、おぼろげながら人の顔が見えるくらいに明るかったので、円卓を離れて立って行ったものなどは一人もなかったことは、お互いがはっきり知っている。
ところで、医者の診断では、卒中でも霍乱《かくらん》でもない。まぎれもなく絞め殺されて死んだのに相違ないという。……この
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