人が椅子から立って、ドヤドヤと佐原屋のほうへ駈けよって、
「こんなところへ寝ころんでしまっちゃいけないな……どうなすったんだ」
「おい、どうしたんだ、佐原屋……」
あわてて引きおこしてみると、佐原屋はもう絶命《ぜつめい》していた。
よほど苦しかったのだろう、手の指を蟹の爪のように曲げて絨毯にくいこませ、目玉が飛びだすばかりにクヮッと眼を見ひらき、どす黒い舌を歯で噛んで、そこから流れだした血が頬のほうへまっ赤な筋をひいている。
佐原屋清五郎は頸に巻きつけている蕃拉布で、力まかせに頸を縊《し》められて死んでいた。
燈灯が消えてから、早附木で灯をともすまでの、ほんの[#「ほんの」は底本では「ほんのの」]三分のあいだの出来事だった。
水飛沫《みずしぶき》
町医者を呼んで、さまざまに手を尽してみたが、佐原屋はとうとう生きかえらない。
窓の下は、石崖からすぐ川で、水面から檐《のき》まで三十尺もある二階座敷。
廊下のほうは、太鼓なりの渡り廊下のはしから階下へおりる階段へつづき、片側はずっと砂壁《すなかべ》で、二階座敷はここだけで行きどまり。
階段の下は錠口になっていて、不時
前へ
次へ
全34ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング