世の中に理外の理というものがあれば、まさに、こういうのを言うのだろう。
検視の役人が来るのを待つあいだ、五人は階下の小座敷にあつまって顔つきあわして坐っていた。
世故《せこ》にもたけ、そうとう機才のある連中ばかりだから、たいていのことならばそれぞれ至当の意見もあるべきところだが、この奇妙な出来事だけは、なんとも思惟《しい》の下しようもなく、ただただ合点のゆかぬことだと言いあうばかりだった。
雨がやんで、檐《のき》に月影がさす。
鼻を突きあわせて、ムンズリと坐ってばかりいてもしょうがないから、酒を運ばせてしめやかに飲みだしたが、さっきの今だから、座が浮き立つはずもない。いわんや、二階には佐原屋の無惨《むざん》な死体がそのままに置かれてある。
それに、一同の心の中には共同の不安というようなものが重苦しくたぐまっていて、考えがとかくそちらへばかり行く。互いに顔を見られぬように用心しながら、黙々と盃をふくんでいたが、そのうちに日進堂が思いきったようにズカリと口を切った。
「……私ひとりの考えではあるまい、みんなも、肚《はら》ではそう思っているのだろう。こりゃア、たしかに攘夷派の連中の
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