せんな。……あんなことばかりしていると、むこうだって黙っていられないから、なにかひどいことをやり出すかも知れない、今だって、そういう危険は充分あるんだから……」
そこへ、渡りの廊下の端で、
「まア、いいいい……ちょっと、みなに、このなりを見せてやるんだ」
案内の女中に、笑いながらそんなことを言っている声がきこえ、濶達な足音が近づいてきて、竹簀茣蓙《たけすござ》を敷いた次の間へ入って来たのが、丸三、佐原屋|清五郎《せいごろう》。
色が浅黒く、いい恰幅で、藍がかった極薄地羅紗《ごくうすじらしゃ》の単衣《ひとえ》羽織に、透しのある和蘭呉絽《オランダごろ》の帯しめ、れいの、お揃いの蕃拉布を襟に巻いている。
水からあがったように、頭から爪先までグッショリ濡れたまま、おどけた恰好で座敷の入口に突っ立ち、団十郎張りの大きな目玉を笑いたそうにギョロギョロさせている。
一同、そちらへ振りかえったが、あまりおかしな様子をしているので、思わず噴きだしてしまい、
「は、は、は……佐原屋さん、ひどい目にあいなすったね。それじゃア濡れ鼠どころじゃない、まるで、濡《ぬ》れ仏《ぼとけ》だ」
和泉屋が言うと
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