どなたでも早く、早く……和泉屋がたいへんだ……和泉屋が死んでしまった!」
 と、大声にわめき立てる声がする。
 顎十郎は、
「しまった。遅れたか」
 と、叫びながら、一足飛びに戸前のほうへ飛んで行き、錠をガチガチさせて、てっぱいに土扉を押しあけて土蔵の中へ飛びこんで見ると、例の通り、和泉屋が蕃拉布で首を締められて、薄暗い板敷の片隅で、虚空をつかんであおのけに倒れている。……鼻に手をやって見ると、はや、もうまったく事切れ。
 顎十郎は、うしろに引きそって来たひょろ松に、
「おい、土扉をしめて錠をおろしてしまえ」
 と、命じておいて、三人のほうへ向きかえると、
「こりゃあ、どういう次第だったんですか。……三人の目の前で和泉屋さんが締め殺されるなんてえのは、チト受けとれぬはなしですが……」
 日進堂はすすみ出て、
「じつは、和泉屋が熱さに逆上《のぼせ》たと見えて、急にひっくりかえってしまったので、あわてて盃洗の水をぶっかけたんですが、それがこの始末……」
「なるほど……それで、盃洗の水をひっかけたのは、いったい、どなただったんですね?」
 日進堂が、
「それは、あたしです」
 顎十郎は、はは
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