あ、と、間のびした声でうなずいていたが、急にニヤニヤ笑いだし、
「つかぬことをおたずねするようだが、皆さんが首に巻いていられる蕃拉布は、日進堂さんからお貰いになったものではありませんか」
 長崎屋はうなずいて、
「いかにも左様。……この五月、長崎の土産だといって、日進堂がわれわれ五人に分けてくれたのですが……」
 顎十郎は、急に血の気をなくしてワナワナと唇を顫《ふる》わせている日進堂を尻目にかけながら、また二人にむかい、
「たぶん、そんなことだろうと思いましたよ。……この蕃拉布が命とりだとは、ちょっと誰でも気がつきますまい。……いま、その証拠をお眼にかけますから、ちょっと、その蕃拉布をお貸しください」
 長崎屋がはずしてよこした蕃拉布を受けとると、それをかたわらの盃洗の水の中に浸しながら、
「さア、よく見ていてください。……この布は竜舌蘭という草の繊維を編んだもので、水がつくと、たちまちギュッと縮んでしまうのです」
 仁科と長崎屋が眼をそば立てて眺めていると、顎十郎の言う通り、水の中に入れた蕃拉布は蛭《ひる》のようにクネクネと動きながら、見る見るうちに五分の一ほどに縮んでしまった。
 
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