れりゃいいが……」
「あなたにさえ、はっきり方角がつかないことが、あっしなぞにわかるわけはない。……どうしてやるのかそのほうはわからないとしておいて、では、和泉屋が殺られるというのは、ぜんたい、どこから割りだしたことなんで……」
「これは、思いきってくどい男だ。……和泉屋の名を抹殺してあったあの席札のことを考えて見ろ。……洒落や冗談であんな縁起でもないことをするか」
「……じゃ、仮りに、殺されるのは和泉屋だとして、では、殺すほうは誰なんです。あの土蔵の中には、和泉屋をのけて三人の人間しかいない。仁科に、長崎屋に、日進堂……。外部から来るのでないとすると、殺すのはこの三人のうち。……あなたには、どいつが下手人なのか、もう、お見こみがついているんですか」
 顎十郎はうなずいて、
「だいたい、当りはついている。……こうまで執念深くからむ以上、いずれにせよ、あれらの仲間になにか深い怨みを持っているやつ」
「……それで?」
「おれの見こみでは、まず、日進堂」
「えッ」
「たぶん、そのへんと思って、出来るだけくわしく三人の素性を調べて見た」
「へい」
「……ところでこの日進堂、……十二歳のとき日進
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