王子の柚木容斎《ゆのきようさい》先生のところへ猪之吉を飛ばせて、ちょっと物をたずねにやった」
「柚木先生というと、あの、西洋薬草園の」
「そうだ……猪之が間にあうように早く帰ってくれりゃアいいが。さもなければ、和泉屋はたぶん明けがたまでに殺られてしまう。……猪之吉の帰りがさきか、和泉屋が殺られるのがさきか、ここが、千番に一番の兼ねあいという場合なんだ」
「おッ、そりゃア大変……じゃ、いまの間に、なんとか、和泉屋を……」
「ところが、それがいけない。……いま言ったように、核《しん》のところにはっきりしないところがあって、殺されるまではわかっているが、どんな方法で殺られるかわからねえから防ぎがつかないのだ。……それに、アタフタ和泉屋を庇うような真似をすると、むこうが気取って手を出すまいから、退《の》っ引《ぴ》きならぬ現場をおさえてギュッと言わせるわけにはゆかない。……おれの見こみ通りだとすれば、なんともよく考えた企みで、現場をつかむほかそいつを押えつける方法は絶対にない。……正直に言えば、和泉屋の命ひとつを賭けたきわどい勝負で、さすがにおれも気が気じゃない。……ともかく、早く猪之が帰ってく
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