をするのもいいと思ってな」
「なんとでもおっしゃい。……そうとわかったら、馬鹿馬鹿しくって、もう一時だってこんなところにいられやしない」
ブリブリ言いながら、檐へかけた梯子をつたってドンドン庭のほうへおりて行く。
顎十郎は、ひょろ松のうしろについて、ノソノソと玄関の踏石へおりながら、切妻板《きりづまいた》の[#「おりながら、切妻板《きりづまいた》の」は底本では「おりながら|、切妻《きりづまいた》板の」]むこうの壁の凹所《へこみ》のほうを眺めていたが、なにを見たのか、とつぜん、
「おや」
と、おしつけたような低い叫び声をあげた。
「おい、ひょろ松、ここに変ったものがある。……あそこを見ろ」
ひょろ松が、指さされたところを見ると、黒漆塗の札に『春鶯句会《しゅんおうくかい》』と胡粉《ごふん》で書いてあって、その左に、仁科伊吾を筆頭にして、六人の席札がずらりと掛けつらねられてある。
ここまでは、かくべつ不思議はないが、六枚の席札のうち、誰のしわざか、佐原屋と佐倉屋と和泉屋の名を筆太にグイと胡粉で抹殺してある。
ひょろ松は、合点《がてん》のゆかぬ顔で、
「これは句会の名札ですが、これ
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