が……どうしたというんです」
「お前にはこの凄味がわからねえか。……おい、ひょろ松、今日は、いったい、どっちの通夜なんだ」
「蠣殻町《かきがらちょう》の、佐原屋のほうです」
「すると、五人組の連中は、当然、蠣殻町に集っているわけだな」
「へえ、そうでございます」
顎十郎は、急に眼ざしを鋭くして、
「そんなら、こうしちゃいられない、まごまごしていると、こんどは和泉屋が殺《や》られてしまう。……さあ、大急ぎで日本橋まで突っ走ろう……ひょろ松、来い」
尻切草履を突っかけると、むやみな勢いで土手のほうへ走りだした。
竜舌蘭《りゅうぜつらん》
夜もふけて、かれこれ八ツ半。
短い夏の夜のことだから、もうひと刻もすれば東が白む。
日本橋蠣殻町、海賊橋《かいぞくばし》ぎわの佐原屋の近くで、宵の口からウソウソと動きまわるただならぬ人のけはいがあった。
橋の下、塀の片闇、天水桶のかげ、柳の根もと。
まだ月の出ぬ闇だまりの中に影のように這いつくばい、時にはよりそってなにかヒソヒソと囁きあうと、もとのところへ帰って、また動かなくなる。
夜がふけるにつれて、蠢《うごめ》くものの影はいよ
前へ
次へ
全34ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング