が……どうしたというんです」
「お前にはこの凄味がわからねえか。……おい、ひょろ松、今日は、いったい、どっちの通夜なんだ」
「蠣殻町《かきがらちょう》の、佐原屋のほうです」
「すると、五人組の連中は、当然、蠣殻町に集っているわけだな」
「へえ、そうでございます」
 顎十郎は、急に眼ざしを鋭くして、
「そんなら、こうしちゃいられない、まごまごしていると、こんどは和泉屋が殺《や》られてしまう。……さあ、大急ぎで日本橋まで突っ走ろう……ひょろ松、来い」
 尻切草履を突っかけると、むやみな勢いで土手のほうへ走りだした。

   竜舌蘭《りゅうぜつらん》

 夜もふけて、かれこれ八ツ半。
 短い夏の夜のことだから、もうひと刻もすれば東が白む。
 日本橋蠣殻町、海賊橋《かいぞくばし》ぎわの佐原屋の近くで、宵の口からウソウソと動きまわるただならぬ人のけはいがあった。
 橋の下、塀の片闇、天水桶のかげ、柳の根もと。
 まだ月の出ぬ闇だまりの中に影のように這いつくばい、時にはよりそってなにかヒソヒソと囁きあうと、もとのところへ帰って、また動かなくなる。
 夜がふけるにつれて、蠢《うごめ》くものの影はいよ
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