に力を入れ、長崎や横浜に仕入れの出店を持って手びろく舶載物《はくさいもの》を輸入する、時勢から二歩も三歩も先を行く開化の先覚者。
 毎月八日に、この長崎屋の寮で句会をひらく。俳句はぼくよけ[#「ぼくよけ」に傍点]で、実は、大切な商談の会。
 顧問格の、仁科という西洋通を正客にまねき、最近の西洋事情やら外国船の来航の日取りをきく。
 たがいに識見を交換し、結束をかたくして攘夷派《じょういは》の圧迫に耐え、一日も早く、日本をして文明の恩恵に浴さしめ、新時代を招来して、その波に乗って巨利を博そうという商魂志心《しょうこんししん》。
 正座についている、精悍《せいかん》な顔つきをした役人ふうな瘠せた男は、もと長崎物産会所《ながさきぶっさんかいしょ》の通訳で、いまは横浜交易所《よこはまこうえきしょ》の検査役|仁科伊吾《にしないご》。
 その手前にかけている小柄な男は、洋書問屋の草分《くさわけ》、日本橋|石町《こくちょう》の長崎屋喜兵衛。年に二回|和蘭《オランダ》の書物が輸入されるときになると、洋学書生どもが、大枚の金を懐にして、百里の道をも遠しとせず、日本の隅ずみからこの長崎屋を目ざして集って来
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