かなり強い西北《にしきた》の風が吹いた。大帆をかんぬきがけにして舵をしっかりと楫床へくくりつけ、追風に吹かせて真南《まみなみ》へつっぱなせば、船はひとりでに相模灘へ出て行く、まかり間違って伊豆の岸へでもぶっつかって沈んだら、それはそれで結構。……ここまではわかったが、むずかしいのは、丸一日半をおいた十七日の朝、つまり鰹船の漁師が乗りうつったときに、釜場の竈《へっつい》の下に火が燃え、二番炊きの飯が噴きこぼれそうになっていたというこの一点だ、……これにはおれも頭をひねった。油灯のほうは、たっぷり菜種油を入れてさえおけば、二日や三日は燃えつづける。そのほうはいいが、どうしても飯のほうだけがわからない。……しかし、それだって、そのカラクリを見やぶるのはさほど手間はかからなかった。……それというのは、役人溜りにあったあの手紙。現にあった墨を巻紙の端へなすってよく調べて見ると、これが、まるっきり墨色がちがう。……別なところで書いたものを、わざわざ机の上に出しておいたのだということがわかる。するとへっつい[#「へっつい」に傍点]の火のほうも、かくあるようにと始めからたくらんだ仕事だということが察し
前へ
次へ
全30ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング