マがあわないからだ」
「伝馬町の送り同心は蠣店《かきだな》でわたしたといい、御船手役人のほうは永代橋でうけとったとこういうンです。……渡したほうとも受けとったほうとも嘘はないンだから、すると、どちらかが偽の囚人で、どちらかが偽の船手役人でなけりゃアならないということになる」
「まあ、その辺のところだ」
顎十郎は、例によってぼんやりとした顔つきで、
「これでなにもかにもわかったから、この事件のアヤをほぐして見ようか。……おれが最初、三崎丸の話を聴いたとき、二十三人もの人間が海の上で雲散霧消するなんてことはあるべきいわれがないと思った。……人間が煙のように消えるわけはなく、また船からぬけた証拠がないとなると、これは始めっからだれも三崎丸に乗ってはいなかったのだとかんがえるほかはない。とすると、どうして船がひとりで相模灘まで流れて行った?……しかし、まアこのほうはわけはなかろう。御船蔵につないでおいた安宅丸《あたけまる》が、鎖を切ってひとりで三崎まで流れていったためしもあるんだから、ちょっと細工さえすりゃア雑作《ぞうさ》なくやれそうだ。……お前も知っている通り、十五日は朝から夕方にかけて、
前へ
次へ
全30ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング