ついこのごろ眉を落したばかりと見え、どこか稚顔《おさながお》の残ったういういしい女房ぶり。
 ときどき眼へ手を持ってゆくが、それもほんの科《しぐさ》だけ。悲しそうな顔はしているが無理につくったようなところがあって、どうもそのままには受けとりにくい。
 顎十郎は、そっとひょろ松の袂をひいて、
「あそこの赭熊《しゃぐま》の女のとなりで大数珠《おおじゅず》をくっているのは、あれは、いったい誰の女房だ」
「あれが、さっきお話した弥之助の女房です」
 顎十郎はなにを考えたか、ツイと金兵衛の門口からはなれると一ノ橋をわたって両国のほうへ引っかえし、相生町《あいおいちょう》の『はなや』という川魚《かわうお》料理。座敷へ通って紙と筆を借り、なにかサラサラと書きつけると封をして、
「こいつを、つかい屋にお静のところへ持たせてやってくれ。……それから、お前には頼みがあるんだが……」
「どんなことでございます」
「ちょっと思いついたことがあるから、御船手の組屋敷と伝馬町の牢屋敷へ行って、十九日の朝、島送りの七人をどこの河岸から艀舟につんだか、しっかり念を押して来てくれ。くわしい話はあとでゆっくりする」

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