海生霊
顎十郎は、遠慮のない口調で、
「……じゃア、サックリしたところをおたずねしますがね、お静さん、あなたのご亭主の弥之助さんは、いったいどこに隠れているんです」
お静は、眼を見はって、
「なにを途方もないことを。……弥之助は、十九日の朝がた、相模灘でゆくえ知れずになってしまいました。つまらない冗談はよしてくださいまし」
「三年も惚れあってようやく一緒になった大切な亭主。かばいだてするのは無理もないところだが、それではかえってためにならない。あなたがいくら隠したってこっちにゃアちゃんとわかっている。……ねえ、お静さん、あなたは弥之助から無事に生きているから心配するなという手紙を受けとったでしょう」
お静は、えッと息をひいたが、すぐさり気ないようすになって、
「なにかと思ったらくだらない。聞いていれば、さっきから妙に気障《きざ》な話ばかり。……貰えるものなら冥土《めいど》からでも、便りをもらいたいぐらいに思っていますが、死んだひとが手紙を書こうわけもなし……」
顎十郎は笑い出して、
「冥土からとどくわけのない手紙を見て、いそいそとここへやって来なすったのはどういうわけ
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