どによく寝ころがりに行くんで、それでこういう話を知っているんです……」
「おお、そうか。それはそうと、船頭宿では今ごろはさぞたいへんな騒ぎをしているこったろう。お悔みというのも妙なもんだが、どんな騒ぎになっているか、ひとつこれから出かけてみるか」
「金兵衛の宿は千歳町の川岸ッぷちだからつい目と鼻のさき。どうせもういちど御船蔵へもどらなくちゃアならねえのだからちょうど道筋です」
『坊主軍鶏』を出て大川端にそって行き、一ノ橋をわたると、すぐその橋のたもと。
 船頭宿の常式《じょうしき》どおり、帆綱や漏水桶《あかおけ》や油灯などが乱雑につみあげられた広い土間からすぐ二十畳ばかりの框座敷になり、二カ所に大きな囲炉裏《いろり》が切ってある。
 門口からさしのぞくと、奥の壁ぎわに香華《こうげ》を飾り、十一の白木の位牌をずらりとならべ、船頭の女房やら娘やらが眼をまっ赤に泣きはらしながら百万遍を唱えている。
 ヒクヒクと息をひきながら啜り泣いているのもあれば、髪をふりみだして涙びたしになっているのもある。いずれも眼もあてられないようすをしているうちに、たった一人だけ、しんと落着きはらっている女がいる。
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