不思議なやつなんです」
「入ったと見せて入らなかっただけのことで、格別びっくりするような技《わざ》じゃねえが、それほどのやつがどういうことでつかまったんだ」
「この正月の三日に黒田豊前守《くろだぶぜんのかみ》の下屋敷《しもやしき》の金蔵を破るつもりで、お廃止になっている青山上水の大伏樋《おおふせど》へ麻布六本木あたりから入りこみ、地面の下を通って芝新堀まで行き、金蔵に近い庭さきへ出たところを見まわりの金蔵番に見つかってつかまってしまったんです」
「それで、だいたいようすがわかった。……すこし話はちがうが、十一人の水主《かこ》船頭の中で、ついこのころ世帯を持ったばかりというような奴はいないか」
ひょろ松はうなずいて、
「ええ、一人おります。楫取の弥之助というのが、ついこの春、佃島《つくだじま》の船宿のお静という末むすめを女房にもらったンですが、これが三年越し思いあったというえらい恋仲。恋女房に恋亭主、ちょっとまともには受けきれねえような睦《むつま》じい仲なんで。……お静の父親の船宿は、石川島の人足寄場《にんそくよせば》と小さな堀をへだてて塀ずりあわせになっているんで石川島へ行った帰りな
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