おふなぶぎょう》の手ではおさめようがない。この月は北町奉行の月番なので、なにとぞよろしくお取調べをと取調書《とりしらべがき》をそえて頼んできた。
 十七日の朝、鰹船が三崎の番所へ事件の顛末をうったえでると、番所からは取るものも取りあえず用船を出して取調べた上、江戸まで三崎丸を曳船《ひきふね》してきて当時のままのありさまで船蔵におさめてある。
 万年橋《まんねんばし》のたもとに御船手組《おふなてぐみ》の組屋敷と船蔵がある。顎十郎とひょろ松は、いまそれを見てきた帰り。
 顎十郎の見たところと鰹船の漁師の見たところと、かくべつ変ったことはない。御船手付から北町奉行所へとどいた取調書のほうがむしろ詳《くわ》しいくらい。なんという手掛りもなく、ぼんやりと御船蔵を出てきた。これから両国の『坊主軍鶏《ぼうずしゃも》』へでも行って昼飯にしようというつもり。
 植溜から灰会所《はいかいしょ》のかどを曲って新大橋のたもとまで来かかると、なにを思ったか、顎十郎は、急に口をきって、
「それはそうと、おれは甲府から出てきたばかりの山猿《やまざる》で、船送りなんてえものを見たことがないが、船送りというのは、いった
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