いどんなことをするものだ」
「べつに変ったこともありませんが、たいてい朝の六ツか七ツ半ごろ、囚人を伝馬町《てんまちょう》の牢からひきだして駕籠に乗せ、南と北の与力と同心がおのおの二人ずつ八人がつきそって御浜《おはま》か永代橋《えいたいばし》、さもなければ蠣店《かきだな》か新堀《しんぼり》、そのどこかの河岸まで持って行きますと、御船手からさしまわした送り船がもうそこへきて待っている。与力と御船手が立ちあいの上で、送り帳と人間を照しあわせて間違いがないとなると、艀舟《はしけ》に乗せて品川沖の遠島船へまで送りとどける。……艀舟へ乗せるわずかの暇に見おくりの親子兄弟と名ごりを惜しませるんですが、これがまたたいへんでしてね、流されるほうも送るほうも泣きの涙。眼もあてられない愁嘆場《しゅうたんば》で、送りの同心もつい貰い泣きをすることがあるそうです。……まあ、そのうちに竹法螺《たけぼら》が鳴って囚人は川岸から艀舟へ追いこまれる。……だいたいこれだけのものですが、中には隙を見て海に飛びこもうとする奴もあれば、同心や船頭を斬りころして船を盗んで呂宋《ルスン》まで押しわたろうなんて、えらいことをたくらむ
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