のじろ》くなったが、まだ陽はのぼらない、七ツすこし前。
 舳《みよし》で、朝食の支度をしていた餌取《えとり》の平吉がまっさきに見つけた。
 鰹の帰り船が沖で船にあうと、最初に行きあった船に初鰹をなげこんでやるのがきまりになっている。鰹船の祝儀《しゅうぎ》といって、沖で祝儀をつけてやることが出来れば、ことしの鰹は大漁だと縁起をいわう。
 櫓杭《ろぐい》に四挺櫓をたて、グイと船のほうへ舳をまわす。
「やアイ、船え――」
「おう、その船、初鰹を祝ってやるべえ」
 払暁《ふつぎょう》の薄い朱鷺色《ときいろ》を背にうけて、ゆったりとたゆたっているその船。
 妙に船脚《ふなあし》のあがった五百石で、大帆柱《おおほばしら》の帆さきと艫《とも》に油灯《ゆとう》の赤い灯がついている。
 海の上はすっかり明るくなっているのに、油灯がつけっぱなしになっている。そればかりではない。大帆も矢帆《やほ》も小矢帆《こやほ》も、かんぬきがけにダラリと力なく垂れさがって、舵《かじ》も水先《みずさき》もないように波のまにまに漂《ただよ》っている。
 海面は青だたみを敷いたようないい凪《なぎ》なので……。
「なんでえ、妙ち
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