いのことは雑作なく出来そうだ、とそう考えた。それで金兵衛の船頭宿でお静だけが悲しそうな顔もしていないのを見たとたん、十一人のうち、少なくとも弥之助だけは江戸にいるという見こみがついたわけだ」
「そううかがえば、いかにもそう。……それで、へっつい[#「へっつい」に傍点]にかけた釜のめしが煮えかけていたというのはどういうのです」
「それだって煎じつめればわけはない。へっつい[#「へっつい」に傍点]の火皿を二段に組んで、上の段には附木《つけぎ》と薪をのせ、中の段には、ちょうど一日か一日半もえるだけの硫黄の塊に火をつけてのせ、下の段には、焔硝《えんしょう》と炭粉《すみこ》をつめておく。硫黄が燃えきって火皿の目から下へ落ちると、その火が焔硝にうつって、たちまち薪に燃えつくという仕掛けだ」
 と言って、ニヤリと笑い、
「これは、おれの智慧でもなければ、伏鐘の智慧でもない。信玄の『陣中|遠狼煙《とおのろし》の法』といって、うかつには行けない山の頂上などに仕掛けた狼煙を、こちらが思うころにひとりでに挙げさせようというとき、むかしさんざ使われていた古い術《て》なんだ」



底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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