っちゃ困ります。……それで、なにか見当がつきましたか」
顎十郎はケロリとして、
「引きうけたおぼえはないが、見当だけはつけてやった」
ひょろ松が、相好《そうごう》をくずしてあわて出すのを、顎十郎は手でおさえ、
「それで、南じゃ、このごろ、どんなことをやっている」
ひょろ松は、藤波とせんぶりの千太が、弥太堀に人数を張りこまして大わらわになっていることを話すと、顎十郎は、ふんと、鼻を鳴らして、
「こりゃア、ちと物騒なことになってきた。まごまごするとお蔵に火がつく。……南でやろうが、北でやろうが、おれにしちゃ、どうでもいいようなもんだが、なることなら、やはり叔父貴に手柄をさせてやりたい。どんなことになっているのか、ひとつ様子を見にゆこうか」
「へえ、お伴します」
急ぐのかと思えば、そうでもない。泰然たる面もちでひょろ松とならんで歩きながら、
「お前との約束があったが、じつは、すこし、からかってやるつもりで、あの足で金助町へ出かけて行ったんだ」
「えッ、じゃア、底を割ったんですか」
「と、思ったんだが、そうはしなかった。……そのかわりに、ふしぎなものを手に入れて来た」
といって、懐から一枚の刷物《すりもの》を出し、それをひょろ松に渡しながら、
「ひょろ松、お前、これをなんだと思う」
ひょろ松は、受けとって眺めていたが、つまらなそうな顔で、
「こりゃア、このせつ流行《はやり》の縁起《えんぎ》まわしの大黒絵じゃありませんか。……これが、いってえ、どうだというんです」
「そうか、お前にはそうとしか見えないか」
ひょろ松はあらためて眼をすえて眺めていたが、そのうちに頓狂な声をあげ、
「なるほど、こりゃア、ちと変っている。……この碁石のぶっちげえのようなものは、いったい、なんなのでしょう。……まさか、五目ならべの課題でもあるめえが」
顎十郎はニヤリと笑って、
「それだけでもわかりゃア上の部だ。……それはそうと、妙なのはそれだけか。眼のくり玉をすえて、もう一度、よく見ろ」
ひょろ松は、ためつすがめつ大黒絵を眺めていたが、
「あります、あります。……なるほど、妙なところがある。……大黒様の左肩に、矢羽根のようなものが微かに見えるが、矢をせおった大黒様とは珍らしい」
「ひょろ松、縁起まわしの刷物には、鼠がなん匹いたっけな」
「きまってるじゃありませんか、二匹です」
「この大黒様にはなん匹いる」
「なるほど、こりゃアけぶだ。……俵のうしろから鼻のさきを出しているのがある。……ひい、ふう、みい、よ……みんなで、四匹おります」
ひょろ松は、眼をかがやかして、
「こりゃア、どういう洒落なんです。これが、今度のいきさつに、なにかひっかかりがありますんでしょうか」
聞えたのか聞えぬのか、顎十郎、なんの返事もしない。長い顎をふって、あちこちと河岸っぷちの景色を眺めながら、ぶらりぶらりと歩いてゆく。
蠣殻町《かきがらちょう》の浅野の屋敷のまえを通り、川っぷちをつたいながら弥太堀の近くまで行くと、蔵屋敷《くらやしき》のならびの大黒堂の横手に、五十ばかりの汚い布子を着た雪駄《せった》直しが、薄い秋の日だまりのなかでせっせと雪駄をつくろっている。
ひょろ松は、それに眼をつけると、肘《ひじ》でそっと顎十郎をついて、
「阿古十郎さん、あれが藤波ですぜ」
と、ささやく。
顎十郎は、ほほう、とうなずきながら、さりげない様子でお堂の右ひだりを眺めると、なるほど、いる、いる。
花売りにかったいぼう、手相見もいれば、飴屋もいる。そうかと思うと、子供づれで、参詣の善男子《ぜんなんし》に化けこんでいるのもある。人数にしておよそ三十人ばかり、参詣の人波にまぎれながら、四方からヒシヒシとお堂をとりつめている。
顎十郎は、ああん、と口をあいて、大がかりな捕物を見物していたが、やがて、ひょろ松のほうへ長い顎をふりむけると、
「おい、ひょろ松、このぶんじゃ、どうやら、こっちの勝だぜ」
と、のんびりと言って、
「これだけ見りゃもう充分だ。……じゃ、そろそろひっかえすとするか」
子《ね》の日
弥太堀の大黒堂をあとにすると、顎十郎は、油町《あぶらちょう》から右へ折れ、ずんずん薬研堀《やげんぼり》のほうへ歩いてゆく。
ひょろ松は、気にして、
「阿古十郎さん、これじゃア、道がちがやアしませんか」
といったが、てんで耳もかさず、矢《や》ノ倉《くら》から毛利《もうり》の屋敷のほうへ曲り、横丁をまわりくねりしたすえ、浜町《はまちょう》二丁目の河岸っぷちに近いところへ出た。
見ると、大黒堂と堀ひとつへだてた向い岸。橋ひとつ渡ればすむところを、小半刻も大まわりをしてやって来たわけである。
ひょろ松はあっけにとられて、
「こりゃア、おどろいた。……ここは、弥太堀じゃ
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