いまし。どうせあっしは女びいきですよ。……ふ、ふ、ふ、……これは、冗談だけど。それで、どうしてお局に隠してあることを見ぬきました」
「見ぬく……? 見ぬくも見ぬかぬもねえ。人間が消えてなくなるわけはないのだから、どうせどこかにいるにきまっている。木戸から出すよりは屋敷へひきこむほうが、なんと言ってもやさしかろう。門番のいない不浄門なんてえものもあるんだから。……木戸々々をたずね歩くまでもない、俺はすぐそうと察してしまった。……しょせん、あまりこしらえすぎるから、かえって尻がわれるのだ。乗物を持ちだして、こわしなんぞしなかったら、俺だって大いにまごついたかもしれない。……ところで、市村座のかえりに鍋島の中間部屋へよってみると、藤波が陸尺に化けこんで、駕籠部屋の前でウロウロしている。鍋島の乗物数のことは俺も知っているから、あいつがどういう間違いをしかけているかすぐわかった。鍋島さまを訴人して、それが見当ちがいだとなれば、奉行と藤波は腹を切らなくちゃならねえ。こちらの月番というわけでもなし、俺にしちゃアどうだっていいことなんだから、へたに泳ぎださねえようにシッカリと藤波をふン縛ってしまい、偽手紙を書いて南の奉行へとどけてやった」
 と言いながら、懐中から手紙をとりだし、
「ところで、藤波というやつの強情には、そうとう磨きがかかっている。まア、これを見ろ」
 ひょろ松が、受けとって読んで見ると、救命のご恩義は終生《しゅうせい》わすれないが、そのためにあなたに屈するようなことはない。この次の機会にまた勝負をしよう。今度こそあなたを叩きのめして見せる、と書いてあった。



底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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