い、両方あわせて、『鍋島様御内、〆二十四挺』というわけ。誰の間違いというわけでもない。つまり、こちらの運が悪かった。……今井谷は、眼と鼻のあいだ。すぐ寺へ飛んでいって調べて見ると、鍋島さまのご代参の女乗物はいかにも十挺。寺を出たのが、六ツ少し前……」
藤波は、ヨロヨロと二三歩うしろによろめくと、霜柱の立った土堤へべッたりと腰をおろして、両手で顔をおおってしまった。
せんぶりの千太は、肩で大息をつきながら、
「……旦那、旦那、あなたひとりのことじゃない。殿さまが大恥をかく。……ひともあろうに鍋島閑叟侯をこんどの犯人だと正面きって訴人《そにん》をし、これを老中列座のなかで披露したそのあとで、まるっきりの間違い、見当ちがいだなんてえことになったら、とても、お役御免どころではすまない。軽く行って閉門《へいもん》、悪くすると腹切り。……こんなところにへたりこんでいる場合じゃありません。刻限はまだ六ツ半を少しまわったばかり。ことによったらまだ間にあうかもしれねえ。お城へおあがりにならぬうちに、さアさア少しも早く……」
藤波は、蒼白い頬に紅をはき、狂乱したような眼つきで立ちあがると、
「そうだ
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