となら、根かぎりお力ぞえいたしますから、どうか、肩のしこりをとって、ありったけのことをすっかりぶちまけてください」
このそっけない男が、いったいどうしたというのか、きょうに限って、いやに親身なことをいう。ふだんを知っているひとが聞いたら、さぞおかしかろう。石口十兵衛は、まっとうに受け、この日ごろの労苦のせいか、ひどく落ちくぼんだ老いの目に、にわかに涙をみなぎらせながら、
「これが始めての御面識。唐突に推参いたしましたのみならず、重ねがさねの御無礼。年がいもなく、さまざまと狼狽《うろた》えたさまをお目にかけましたにもかかわらず、お笑いもなく、お咎めもなく、およぶかぎり御加勢くださるとのお言葉、ありがたいとも、かたじけないとも、申そうにも早や……」
あとは涙声になって、そのままさしうつむく。さすがに大藩の家老たるだけあって、はた目にもそれと察しられる見識、器量。それが、あさましいまでに取りみだし、露地奥の貧乏長屋の古畳の上に両手をついて、肩をふるわせながら咽《むせ》び泣いているさまは、いかにも哀れぶかい。
石口十兵衛は、やがて顔をあげ、
「仔細は次の通り。……先君、利与《としよし》さ
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