礼をとらねばならぬかご存じないわけはない。それを知りつつ、主家の名前だけは、骨が舎利《しゃり》になっても口外しまいという忠義一徹。なりもふりもかまわず、礼儀も捨てて押しとおそうとなさるお心ざしには、まことに感服いたしました。手前といたしましては、あなたのひし隠しにしていらっしゃることを知りながら、洒落や冗談でつつきだしたわけじゃない。……そうまで覚悟をきめて主家の名をひし隠しにしようとなさるからは、こりゃあよくよくの大変。たぶん十二万五千石がフイになるかどうかというきわどい瀬戸ぎわなんだと思います。……お先くぐりをするようですが、つまり、私にその難場《なんば》をなんとかしてくれといわれる」
「はい、いかにもその通り」
「して見りゃア、どうせそこへふれなきゃ筋がとおらない話。と、そう思いましたから、手っとり早く行くように、私のほうから切りだして見たまでのこと。……私はお目付でもなければ、老中でもない。……入りくんだ内幕《うちまく》を聞いたって、ひとに洩らす気づかいはない。また、それほどの酔狂でもありません。あなたの朴訥《ぼくとつ》さに惚れましたから、どんなことか知りませんが、私のおよぶこ
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