まにはただひとりの御嫡子があって、源次郎さまと申しあげますが、御三歳の春、利与さまがみまかられましたので、直ちに相続を願いいで、翌年春、喪があけますと同時に、相続祈願のため、さきの家老|相馬志津之助《そうましづのすけ》、伝役《もりやく》桑原萩之進《くわばらはぎのしん》、医者|菊川露斎《きくかわろさい》の三人がつきそい、矢田北口《やたきたぐち》というところにある産土《うぶすな》さまへ御参詣になりましたが、お神楽の太鼓におおどろきになったものか、かえりの駕籠の中で二度三度と失気《しっき》なされるので、やむなく途中の百姓家に駕籠をとめ、離れ家におともない申し、いろいろご介抱もうしあげましたところ、ようやくのことで御正気。軽い驚風《きょうふう》ということで、その後は恙《つつが》なく御成育になり、元服と同時に、相違なく家督相続さしゆるされるむね、お達しがあり、家中一同恐悦に存じておりました。その後、家老相馬志津之助と医者露斎があいついで死亡いたし、よって不肖《ふしょう》わたくしが家老の職につき、御養育に専念いたしておりましたところ、この春ごろから慮外《りょがい》な風説を耳にいたすようになりました
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