」
「ほほう、それは」
「……と申しますのは、御嫡子源次郎さまは二年前の春、産土さまの帰途、百姓家の離れで、失気したままご死亡になり、古河十二万五千石の廃絶をおそれるまま、先の家老志津之助が、伝役《もりやく》萩之進らとかたらって、たまたま通りあわした野伏乞食《のぶせりこつじき》の子が源次郎さまに生写《いきうつ》しなのをさいわい、金をあたえて買いとり、偽の主君をつくりあげ、なにくわぬ顔で帰城したのだという取沙汰《とりざた》。……もとより根もない風説ではございますが、捨ておきかねることにてございますによって、さまざま手をつくして噂の出所をとりしらべましたところ、矢田の百姓で仁左衛門《にざえもん》と申すものの口から出たということ。……ところで、この仁左衛門も、先年すでに死亡いたしたという埓もない話」
「なるほど」
「ところが、先君利与さまの外戚《がいせき》、御内室《ごないしつ》の甥御にあたられる北条数馬《ほうじょうかずま》どの、源次郎さまを廃して、おのれが十二万五千石の家督をとりたき下ごころがあり、伯父上|土井美濃守《どいみののかみ》と結托して、御老中などへの運動もさまざまなさる趣《おもむ》
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