きでありましたが、この噂をえたりかしこしと、もってのほかのおとりつめよう。萩之進を窮命《きゅうめい》どうように押しこめて詮議《せんぎ》をなさいましたが、もとより根もないことでございますから、陳弁《ちんべん》いたしようもない。手ごわいと見てとってか、今度は、高野山から雪曽《せつそ》という人相見の法印《ほういん》を呼びよせ、端午の節句の当日、家中列座のなかで、源次郎さまの相は野伏乞食の相であると憚りもなくのべさせるという乱暴。このまま捨ておいては、ゆくすえ源次郎さまの御一命にもかかわるような事態になるやに存じたものか、今からふた廻りほど前の夜、萩之進は御寝所に忍び入って、源次郎さまを盗みだし、そのまま逐電してしまいました」
「そりゃあ、どうも乱暴ですなア。どういうせっぱつまった事情になっていたか知れないが、そんなことをしたら、源次郎さまとやらア野伏乞食の子だということを証拠だてるようなもので、のっぴきならぬ羽目になりましょう」
 石口十兵衛は、実直にうなずいて、
「いかにもその通り、手前の心痛もひとえにその点にかかわりますので、なんとかして一日も早く探しだしたいと存じ、なにか手がかりでもと
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