のに自分の行くさきを知られたくないから、もうひとつは、手前に屋敷のありかをさとらせまいため……」
「………」
「なにもそんなに、びっくりしたような顔を、なさらなくてもよろしい。種をあかせばわけのないことなんです。……拝見いたしますところ、あなたのお羽織の背中に、俗にアンダ皺という、背もたせのぶっちがい竹の跡がついている。お屋敷の乗物ならいうまでもない。町駕籠にも、しょうしょうましなあんぽつ[#「あんぽつ」に傍点]のほうならば、背がかりに小蒲団をかけてあるから、羽織に竹の跡などがつくわけがない。……また土佐屋の切手にしろ、ただそれを買うだけのためなら、なにもわざわざ日本橋までおいでになるこたアない。土佐屋は田村町にもあれば、この本郷にもたくさんあります。つまり、自分の行くさきと屋敷のある方角をくらますのが、その目的」
「………」
「さて、真砂町一丁目までくると、更科《さらしな》の前で駕籠をかえし、二階へあがって硯《すずり》と筆をかり、名札にちょっと細工をした」
「………」
「石口十兵衛とあるところへ、山と十と|ゝ《ちょん》を書きたして、岩田平兵衛となおした。……ここらがあなたの有難いとこ
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