は感服いたしました」
長い顎をツン出して、冷かすように相手の顔を見る。とぼけた面相のせいか、どことなくおかし味があって、こんな毒のあることを言っても、いっこう憎体《にくてい》にならないのが不思議。うつむいて、石仏のように黙念としているのを、しり目にかけながら、
「キザなことを言うようですが、このへんはまだほんの前芸《まえげい》。どうしてもシラを切られるなら、いよいよ本芸《ほんげい》にとりかかる。……あなたが屋敷を出られて、ここへ来られるまで、いったい、どんなことをなさったか、いわゆる、掌《たなごころ》をさすように解きあかしてお目にかけましょう」
オホンと乙な咳ばらいをして、
「あなたが芝田村町の上屋敷《かみやしき》を出られたのが、けさの五つ半。屋敷の乗物には乗らず、すぐ二丁目の辻にあんぽつ[#「あんぽつ」に傍点]の辻駕籠があるのにそれもさけ、わざわざ流しの汚ない四つ手が通るのを待って、それに乗っていったん日本橋まで行き、本石町《ほんこくちょう》の土佐屋で鰹節《かつおぶし》の切手を買い、それからこの本郷真砂町までやって来た。……なぜそんな手間のかかることをなすったかと言えば、屋敷のも
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