。なにも役所の仕事じゃあるまいし、いわばほんの頼まれごと。そうまでいわれて、意固地《いこじ》にいやとはいいきれないところだが、それにしちゃア、あなたのしかけが悪い。話だけならともかく、千太が、こんなざまにされた上で、ああそうですかじゃ、いかにもおどされて引っこんだようで、私の顔が立たない。せっかくだが、その件はおことわりします」
と、膠《にべ》もない。
千人悲願《せんにんひがん》
小塚原《こづかっぱら》天王の祭礼で、千住大橋の上では、南北にわかれて、吉例の大綱《おおづな》ひき。深川村と葛飾村《かつしかむら》の若衆《わかいしゅ》が、おのおの百人ばかりずつ、太竹ほどの大綱にとりつき、エッサエッサとひきあっている。両方の橋のたもとはこの見物で、爪も立たないような大変な人出《ひとで》。
こういう騒ぎをよそにして、岡埜《おかの》の大福餅《だいふくもち》の土手下に菰《こも》を敷いた親子づれの乞食。親のほうはいざりでてんぼう。子供のほうは五つばかりで、これも目もあてられない白雲《しらくも》あたま。菰の上へかけ碗をおいて、青っ洟をすすりすすり、親父といっしょに、間がなしにペコペコと頭を
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