かったわけじゃなかろう。……あなたのなさっていることは、まるっきりの見当ちがい、いかにもお気の毒に存ずるから、ちょっと御注意もうしあげる。……なにをいやあがる。あしらっておきゃあ好い気になりゃあがって、自分天狗の増上慢《ぞうじょうまん》。放っておいたら、どこまでつけあがるか知れやしねえ、こんどこそはギュッという目にあわせて、申しわけがございませんの百辺も言わしてやるつもりなんだ。俺にしちゃ大事な瀬戸ぎわ、汚ねえの候なんぞと言っちゃいられねえ。厭なら俺ひとりでやるから、お前はもう帰ってくれ」
千太は手で泳ぎだして、
「じょ、じょ、じょうだんじゃねえ。ここで追っぱらわれたんじゃ、今までの苦心も水の泡《あわ》、あっしの立つ瀬がねえ。あの顎化けを見かえしてやると言うなア、あっしにしたって長いあいだの念願。いままでやらしておいて、帰れはねえでしょう。旦那、そりゃあ殺生《せっしょう》ですよ。なるほど愚痴は言いましたろう、が、いわばそいつは合《あい》の手。ちっとぐらいぼやいたって、なにもそうむきになって、お怒りなさらなくとも」
藤波はせせら笑って、
「泣くな泣くな、乞食の餓鬼が貴様のつらを見て笑
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