帰りますと、せがれの面まで白痴《こけ》面に見えてうす汚なくてたまらない。いったいいつまでそんなことをやらかそうというんです。お願いできるなら、あっしゃもうこのへんで……」
 藤波は三白眼をキュッと吊るしあげ、
「このへんでどうしたと。……言葉おしみをしねえで、はっきり言って見たらどうだ」
 毎度のことだが、今日はまたいつもよりよっぽど風むきが悪い。噛みつくような口調で、
「つまり、よしてえというんだろう。厭になったというんだろう」
「えへへ、そういうわけでもないんですが……」
「家老の石口十兵衛のほうじゃ、顎十郎のところへ駈けこんだことがわかってる。古河の十二万五千石がどうなろうと、俺にゃ痛くも痒《かゆ》くもねえが、こんなふうに鍔ぜりあいになった以上、どうして後へひけるものか。寄場はおろか、橋の下、お堂の下をはいくぐっても、その小童《こわっぱ》をさがしだし、あいつに鼻をあかしてやらなけりゃアおさまらねえのだ」
「へい、ごもっとも」
 藤波は険悪にキッと唇のはしを引きしめ、
「ごもっとも。なにがごもっとも。……なア千太、あの顎化けが、けさ俺のところへ送りつけてよこした手紙を、貴様も読まな
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