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浅草田圃《あさくさたんぼ》に夕陽が照り、鳥越《とりこえ》の土手のむこうにならんだ蒲鉾《かまぼこ》小屋のあたりで、わいわいいうひと声。
見ると、小高いところに立って、ああでもない、こうでもない、といって指図しているのが例の権柄面《けんぺいづら》の藤波友衛とせんぶりの千太。
いかに非人《ひにん》の寄場《よせば》といいながら、よくもまあこうまで集めたと思われるほど、五つから七つぐらいまでの乞食の子供をかずにしておよそ五十人ばかり。こいつを一列にずらりとならべて松王丸《まつおうまる》もどきに片っぱしから首実験をして行く。鼻たらしや、疥癬《しつ》頭、指をくわえてぼんやり見あげていたのを、せんぶりの千太が顎の下へ手をかけて、まじまじと覗きこむ。『菅原伝授手習鑑《すがわらでんじゅてならいかがみ》』の三段目じゃないが、いずれを見ても山家育《やまがそだ》ち、どうにもとり立てていうほどの面相はない。
せんぶりの千太は、すっかり厭気《いやけ》がさしたと見えて、
「仏の顔も日に三度じゃない。乞食の面ばかりこれでものの三日、朝から晩まで見つくしてどうやら気が変になりました。ひどいもんですねえ、家へ
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