どんなことだったのです」
「はい、それが、埓もないと申せば埓もない。ただ五文字、『すさきの浜』とだけ書いてあったのでございます」
顎十郎は、へへえといって嚥みこめぬような顔をしていたが、どうしたというのかにわかに喜色満面のていで、つづけさまに古袷の膝をたたきながら、
「わかった、わかった、なんのわけはない、そんなことなら、もうこっちのもんだ。いかに藤波が眼はしがきいたって、こういう故事《こじ》は知るまいから、とてもそこまでは探索はとどくまい」
と、奇声を発してから、
「石口さん、はばったい口をきくようだが、源次郎さんの行方はもうこの阿古十郎が見とおしましたから、大舟に乗った気で屋敷へかえって骨やすめをしながら待っていてください。おそくとも明日の昼ごろまでには、しょっぴいて、いやさおつれ申して帰りますから」
といって、またひとりでえへらえへら笑いながら、
「念のために申しあげておきますがね、江戸の洲崎は洲崎の浜などとは言わないんです。昔からただの洲崎、江戸の風土記《ふどき》には浜などと名のつくところはそうざらにはないんです。なんと、ご存じでしたろうか」
首実験《くびじっけん
前へ
次へ
全34ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング