たことを言っておいて、
「それはそうと、今朝ほどお手紙をさしあげましたが、まだ御落手《ごらくしゅ》にはなりませんでしたか」
 藤波は、苦りきった顔で、
「おう、誰かぼやぼや言っていると思ったら、仙波さんですか。お手紙はいかにも拝見しましたが、なにやらいっこう通じない文意で、途方《とほう》にくれたこってした。お手紙の趣きでは、なにか私がたいへんな見当ちがいをしているとのことでしたが、間違いだろうとどうだろうと、あまり人のことに口を出さないほうが、おたがいにやりいいと思うんですがねえ。あなたのお節介は今にはじまったこっちゃねえが、親切も度がすぎると、礼にはずれる。つつしんだほうがいいでしょう」
 顎十郎は、意にも介《かい》さない様子で、
「そのお腹立ちは存じておりますが、今度ばかりは、どうでも、御忠告せねばならぬような羽目で、いやがられるとは知りながら、あんなお手紙をさしあげたんでしたが、この様子を見ると、やはり私の忠告をおもちいにならなかったと見える。案外あなたもさっぱりなさらん方ですな」
「さっぱりしないのは生れつきで、いまさらどうにもしようがない。根がしつっこい男なんです」
「そりゃアよく知っていますが、しかし、いつまでこんなことを言っていたってしょうがない。……実のところ、こんどの件には、いろいろあなたのご存じないことがあるんです」
「それは、いったい、どんなことです」
 顎十郎はうなずいて、
「さよう、それをお話しするとわかっていただけると思うんだが、どうにも申しあげるわけにはゆかない」
 藤波はいらだって、
「ねえ、仙波さん、決着《けっちゃく》のところ、私にどうしろというんです。うるさいいざこざはぬきにして、あっさりそこだけを伺おうじゃないか」
 顎十郎は、トホンとした顔つきで藤波を見かえしながら、
「ザックバランにいうと、この事件から手をひいていただきたいんです」
 藤波は千太のほうへ振りかえって、
「千太、聞いたか。先生が奇抜なことをおっしゃっていられる。……お前らのでる幕じゃないから、引っこみをつけろというんだが、いったいどうしたもんだろうな」
 千太はせせら笑って、
「えへへ、ご冗談、箱根山からこっちにア化物あ出ないという。引っこみをつけるなア、こっちのこっちゃあねえ、そこに突っ立ってる顎化けのほう……」
 顎化け……と、しまいまでは言いおわらなかっ
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