そぎ叩きつけ、息の根をとめてやろうという、かけがえのないこの晴の日に、その相手がゆくえ知れずでは、まったく、……まったく死んでも死に切れない。そ、それが無念で……」
癇がたかぶってきて、あとがつづけられなくなったと見え、言葉を切って肩で息をついていたが、急にキッと顔をふりあげると、
「捕物吟味の御前試合などとは、まだ話にも例《ためし》にもない。日本はじまって以来これが最初。二度とはない一期《いちご》のおり。……わたくしといたしましても今度ばかりは必死。……さきほど、かこい場の下しらべをおことわり申しあげましたのも、石庵にあうまいと申しましたのも、しょうしょう、覚悟があってのことなのでございます」
といって、ジリッと膝をすすめ、
「むこうがなにも知らずに、のほほんと寒鮒をせせっているのに、こちらが血眼になって下しらべ下ごしらえじゃあ、いかにも藤波がかわいそうです。……さまざまにお心をつかってお手配をくださったことはありがたいと申しあげたいところですが、実のところはたいへんに不服。……その場では思うような調べもできまいから、今のうちに手をつくせとおっしゃったのを煮えかえるような気持でき
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