」
ようやく、返事があった。
「御無用と存じます」
甲斐守はキッとして、
「無用とは、なにゆえの?」
「それは、明日、見分いたします」
「しかし、今も申した通り……」
「御無用にねがいます」
と、にべもない。甲斐守は、むっとしたようすで、ちょっとの間おし黙っていたが、やがて、しいて顔色をやわらげ、
「……なにか存じよりのあることであろうから、無理にとは申さぬが、せめて、滋賀石庵にだけには逢っておくがよかろう。……どのような有様で水に落ちていたか、流れの方向、水藻のぐあいなども、あらかじめ承知しておったら、なにかにつけて便利であろうと思うが……」
「なにとぞ、それも、御無用にねがいます」
「なにか仔細《しさい》があるのか?……無用、とだけではわからぬ」
藤波は蒼白《あおじろ》んだ、険相《けんそう》な顔をゆっくりとあげると、
「それでは、たとえ、勝をとりましても、勝ったことになりません」
「異《い》なことを申すの。戦場の駈けひきは、あらかじめ十分に謀《はか》るにある。北町奉行所《きた》とても、そのへん、ぬかりなく手をつくしているであろう。いわば、お互いのこと。うしろ暗いことなどいさ
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