ごかのう》をうけてから、爾来、年中の重い儀式となり、旧暦十一月下旬から十二月上旬までの、寒の入りの一日をえらんで、鶴|御飼場《おかいば》の千住小松川すじでおこなわれたもので、最初にとらえた鶴は、将軍の御前で鷹匠頭《たかじょうがしら》が左の脇腹を切り、臓腑を出して鷹にあたえ、あとに塩をつめて創口を縫いあわせ、その場から昼夜兼行で京都へ奉る。街道すじでは、これを、『お鶴さまのお通り』といった。
その後にとらえた鶴の肉は、塩蔵して新年三ガ日の朝供御《あさくご》の鶴の御吸物《おすいもの》になるので、当日、鶴をとらえた鷹匠には、金五両、鷹をおさえたものには金三両のご褒美。鶴をとらえた鷹はその功によって紫の総《ふさ》をつけて隠居させる規定。なお、当日、午餐《ひるげ》には菰樽《こもだる》二|挺《ちょう》の鏡《かがみ》をひらき、日ごろ功労のあった重臣に鶴の血をしぼりこんだ『鶴酒《つるざけ》』を賜わるのが例になっていた。
文化のはじめごろまでは、鶴御飼場は、千住の三河島、小松川すじ、品川目黒すじの三カ所にあったもので、いずれも四方にひろい濠《ほり》をめぐらして隣接地と隔離させ、代地《しま》と陸地《く
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