ら覚悟をなさい」
 うそぶくようにして、はは、は、と笑った。

   鶴談義

 叔父が用意してきた弁慶格子の半纒に割羽織。すっかり鷹匠の支度になって、藤波とふたりで代地の入り口に控えているところへ、小村井のほうから蹄《ひずめ》の音がきこえ、
「御成りイ」
 という声とともに行列は早くも代地の木橋へかかる。将軍は藤色の陣羽織に金紋漆塗の陣笠。従者はばんどり羽織に股引、草履のいでたち。老中、若年寄、近侍をふくめて三十騎。寄垣《よせがき》前で下馬すると、将軍はお仮屋のうちで少憩。辰の下刻、鳥見役の案内で狩場に立ちいでる。
 いちめん茫々とひろい草地の上のところどころに葭簀張《よしずばり》のかこい場がある。はるかむこうの川入りの池のそばで、十二三羽の鶴が長い首をふって歩きまわっている。
 鷹匠頭が精悍な眼をして大切斑《おおきりふ》の鷹を拳《こぶし》にすえて将軍の前に進みそれを手わたしすると、鳥見役は大きな日の丸の扇を高くかざしながら池の鶴のほうに寄って行って、
「あ、ほい……あ、ほい……」
 と、声をかける。
 たちまち、一羽立ち二羽立ち、ざあっと羽音も清々《すがすが》しく、冬晴れの真ッ青な空へ雪白をちらして、応挙《おうきょ》の千羽鶴《せんばづる》のように群れ立つのへ、
「ピピイッ」
 鋭い口笛につれて、将軍の拳から羽音もするどく舞いあがった一羽の大鷹。空をななめに切ってその中へ飛びこむ。つづいて、鷹匠の手からも助《すけ》の鷹が二羽三羽。……白黒の一点と遙かになり、また池の汀《みぎわ》まで舞いおり、飛びかい、追いかけ、卍巴《まんじともえ》のように入りみだれる。
 鷹匠は鷹笛を吹いてしきりに加勢する。そのうち、ひときわ大きな白鶴の首に喰いさがった大鷹。切羽で鶴の頭を打ちすえ打ちすえ、だんだん下へおりてくる。地上十五尺ほどのところで、いちど鶴を離してサッと大空へ舞いあがると、たちまち石のように鶴の上へ落ちかかり同体となって代《しろ》のうえへ落ちる。
「ピョピョ、ピョピョ」
 と、呼びかえしの早笛。鷹はぐったりとなった鶴を離して鷹匠の拳にもどる。
「あっぱれ」
 どっという歓声のうちに、鷹匠が鶴をかかえて将軍の御前の白木の台にすすみ、小刀で鶴の左腹をかききり、血は血桶《ちおけ》へとり、臓腑はぬきだして鷹にあたえ、塩を腹につめて手早くそのあとを縫いあげ白木の櫃《ひつ》におさめて封
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