。
「……ただいまも、申しあげたように、もとは、中国でも名のある家柄。馬まわりにて五百石をたまわり、なに不自由なく暮したこの身が、ふとしたことで扶持《ふち》に離れ、それ以来ながらくの浪々。……せがれの伝四郎ことは、かく申すは憚《はばか》りながら、若年のころより弓術に秀で、なかんずく、大和《やまと》流の笠懸蟇目《かさがけひきめ》、伴《ばん》流の※[#「知」の「口」に代えて「舟」、第4水準2−82−23]《くろろ》ともうす水矢《みずや》をよくいたしますなれど、うらぶれはてたる末なれば、これを世にだすよすがもなく、ついこのさきの小村井《おむらい》のはずれに住みついてしがない暮しをいたしておりましたるうち、嫁はなれぬ手仕事に精魂をつかいはたし、昨年の秋、六つをかしらに四人の子を残して死亡《みまか》り、うってくわえて妻は喘息、それがしは疝痛《せんつう》。ふたり枕をならべてどっと病みふす酸苦《さんく》。伜のひとつ手ではとうてい七人の口をすごしかねる。日々のたつきも立ちませぬところから、さまざま奔走のすえ、ようやくありついたお飼場下飼人の役。一家七人が糊ほどのものを口に入れることが出来るようにはなりましたが、世が世であれば、馬まわり五百石。多端の折から、あっぱれ花も咲かすべきその身が、下司塵垢《げすじんこう》の下飼人。いやな顔ひとつ見せるどころか、かいがいしいばかりのつとめ孝養。見るにつけ思うにつけ、あまりといえば……あわれ」
というと、草にくらいついて、せきあげて泣き出した。
顎十郎は、ゆっくり浮木から眼を離し、
「それで、死のうとなすったか」
「は、はい。……せめて、ひとりの口なりともと存じまして……」
「……そりゃア悪い了見《りょうけん》だの、考えがちがう。……あなたを生かしておきたいばっかりに、伝四郎|氏《うじ》とやらが苦労する。それを……、それを、あなたが死んじまったんじゃア身も蓋もない。五百石とって、つき袖でそっくりかえって歩くばかりが、この世の幸福《しあわせ》じゃねえ。喰うものを喰わずとも、親子そろってその日が送られるというのは、なんにもまして有難いこと。……なんて言って見たところで、しょうがない。……よろしい、手前が、なんとかしましょう」
「なんとおっしゃいます」
「かならず、伝四郎氏の身の立つようにしてさしあげるから、安心なさい。天はしょうしょうとして誠を照
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