、ちょうど、大屋敷のあたり……」
「……あたり、と言いますと……」
「……ちょうど、大屋敷の角で……」
「ははあ、そこで追いぬかれた。……なぜ、そこでおやりにならなかった」
「……なにか御祝儀でもありましたろう、おりあしく、榊原のお徒士《かち》衆が油単《ゆたん》をかけた釣台《つりだい》をかついで門から出てまいりまして……それで……」
「それは、悪い都合。……それにしても、一ツ橋の御門内で待伏せられたのはどういうわけですか。……いったいの空地で、あの三番原なら、門内で待伏せするよりやりやすかったのではなかったかと思いますが」
「いったんは、手前も、そうかんがえましたが、逃げるには便利なようでも、なんといっても四方みとおしの原」
しおっ、と首をたれて、
「……じつは、その日は、二日ほど前から、水のほかなにものも食しておらんような始末。……この弱あしで原のほうへ逃げましたら、すぐ追いつかれる。……ご門内のほうならば、屋敷も建てこんでいることでござるから、そのあいだを縫い歩いたら、なんとか逃げおわせるかと……」
顎十郎は、ほう、とうなずいて、
「二日も、なにもあがらんで、本郷から一ツ橋まで
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