本郷から下谷の根津わきまで跨《またが》って、屋敷の地内が十六万坪。
竹逕《ちくけい》の涼雨《りょうう》、怪巌《かいがん》の紅楓《こうふう》、蟠松《ばんしょう》の晴雪《せいせつ》[#ルビの「せいせつ」は底本では「せいうん」]……育徳園《いくとくえん》八景といって、泉石林木《せんせきりんぼく》の布置《ふち》、幽邃《ゆうすい》をきわめる名園がある。
北どなり、水戸さまの中屋敷にむいた弥生町《やよいちょう》がわの通用門から、てんでに丼《どんぶり》や土瓶を持った老若男女《ろうにゃくなんにょ》があふれだし、四列ならびになってずっと根津権現《ねづごんげん》のほうまで続いている。
加賀さまの雪振舞《ゆきぶるまい》。――加賀屋敷、冷てえ土だと泥土《どろ》を舐《な》め、と川柳点《せんりゅうてん》にもあるくらいで、盛夏の候、江戸の行事のひとつ。
嘉永版《かえいばん》の『東都遊覧年中行事《とうとゆうらんねんちゅうぎょうじ》』にも、『六月|朔日《ついたち》、賜氷《しひょう》の節《せつ》御祝儀《ごしゅうぎ》、加州侯より氷献上、お余《あま》りを町家《ちょうか》に下さる』と見えている。
賜氷の節、また氷室
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