上り下りの荷足《にたり》の狭間《はざま》へはさまって退《の》くも引くもならなくなってしまった……」
 顎十郎は話などはそっちのけ。三平と引っくみになって、大恐悦《おおきょうえつ》のていで間をおかず茶碗のやりとりをしている。
 ひょろ松は気にして、
「聞いているんですか」
 顎十郎は※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《おく》びをしながら、
「聞いている、聞いている。……ひッ」
「……役人のはうは、濡れねずみになって船へはいあがり、ぶつぶつ言いながら船頭を急がせて川なかへ押しだそうとしたが、いまも申したように、ギッシリ荷足と組みあってしまって思うようにならない。……あっちの荷足をしかりつけ、こっちの肥船《こえぶね》をおどかして、ようやく川なかへ漕ぎだしたんですが、このごたくさのあいだに衝きあたった石船のほうは、いちはやく逃げてしまって影もかたちもない。……念のために金箱のかずを読んで見ると、相違なくそっくりある。……濡れねずみになったほうは災難とあきらめて、ようやく神田橋ぎわまで辿りつき、受けわたしをすませて二十万両の金は無事に勘定屋敷のお金蔵へおさまった……」
「ひッ……な、なあ
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